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台湾の特許審査基準における訂正に関する審査基準の改訂
台湾の特許審査基準における訂正に関する審査基準の改訂
台湾の特許審査基準における「第2篇特許の実体審査」の「第9章訂正」に関する審査基準(日本の審判便覧における訂正の部分に相当)は、2013年と2015年(以下、「2015版訂正基準」)にそれぞれ改訂が行われました。この度、台湾の知的財産局は、2016年12月27日に更に当該基準を改訂し(以下、「2017版訂正基準」)、2017年1月1日に適用を開始しました。
今回の訂正審査基準改訂における最大のポイントは、「構成要素の付加が実質的な変更となるか否かの判断が、以前の形式要件による判断から、発明の目的による判断に変更された」こと、及び「2013年以降に特許査定された、用途によって特定された物の請求項に関する用途の訂正が、明細書に開示されている範囲内で、かつ、当該用途の記載により請求対象が制限されないのであれば、認められるようになった」ことにあると言うことができます。これらを含む改訂内容についていち早くご理解いただけますよう、以下にその変更点を具体的にご案内いたします。
1. 公告時の請求の範囲を実質的に拡大した訂正の態様及び公告時の請求の範囲を実質的に変更した訂正の態様を分けて列挙する
「2015版訂正基準」においては、請求の範囲を実質的に拡大した訂正、及び実質的に変更した訂正の判断について、同じ節においてその態様がひとまとめに挙げられていました。これに対して、「2017版訂正基準」においては、請求の範囲を実質的に拡大した訂正、及び実質的に変更した訂正の判断について、それぞれ別の節(「4.1公告時の請求の範囲を実質的に拡大したかに関する判断」の節、及び「4.2公告時の請求の範囲を実質的に変更したかに関する判断」の節)において列挙されています。また、「公告時の請求の範囲を実質的に拡大したかに関する判断」では、従来の「特定用途の請求項をその他の用途の請求項に訂正する」態様が削除され、「公告時の請求の範囲を実質的に変更したかに関する判断」では、従来の「訂正前の請求の範囲に記載されていないが、明細書又は図面に開示されている技術的特徴を請求項に盛り込む」態様の代わりに、「請求項に技術的特徴を盛り込んだことで、訂正前の請求項の発明の目的を達成できなくなった」との新態様が導入されました。
「4.1公告時の請求の範囲を実質的に拡大したかに関する判断」について
「4.1公告時の請求の範囲を実質的に拡大したかに関する判断」の節に列挙されている、公告時の請求の範囲を実質的に拡大した訂正態様(1)~(4)及びそれぞれの主なポイントは、以下のとおりです。なお、態様(1)~(4)はいずれも「2015版訂正基準」に既にあったものであり、新たに導入されたものではありません。
(1) 請求項に記載の技術的特徴をより広い意味の用語に取り替えた
(i) 請求項における下位概念の技術的特徴を上位概念の技術的特徴に取り替えた。
(ii) 請求項に記載の数値の範囲を拡大した。
(iii)閉鎖形式のクレームを開放式のクレームに訂正した。
(iv)請求項の構造、材料または動作等の技術的特徴を手段(又は工程)プラス機能的用語に訂正した。
(v) 誤記の訂正により、請求の範囲を実質的に拡大した。
(2) 請求項の限定条件を減らした
請求項の一部の技術的特徴を削除した。
(3) 請求の範囲の請求対象を増やした
(i) 明細書に記載されているが、公告時の請求の範囲にカバーされていない技術的内容(実施形態または実施例)を請求の範囲に記載した。
(ii) 請求項の項数を増やした。
(iii) 新しい請求項を増やした。
(iv) 明細書に記載の選択肢をマーカッシュ形式の請求項に追加した。
(4) 特許査定前に既に削除した、または放棄すると声明した技術的内容を明細書に回復させた
「4.2公告時の請求の範囲を実質的に変更したかに関する判断」について
また、「4.2公告時の請求の範囲を実質的に変更したかに関する判断」の節に列挙されている、公告時の請求の範囲を実質的に変更する訂正態様(1)~(4)及びそれぞれのポイントは、以下のとおりです。なお、下記態様(1)~(3)は「2015版訂正基準」に既にあったものであり、新たに導入されたものではありませんが、態様(4)は今回の改訂版に新たに導入された態様です。一方、「2015版訂正基準」にあった「訂正前の請求の範囲に記載されていないが、明細書又は図面に開示されている技術的特徴を請求項に盛り込む」態様の場合の判断指針は、今回の改訂で削除されました。
(1) 請求項に記載の技術的特徴を反対の意味の用語に置き換えた
(2) 請求項の技術的特徴を実質的に異なる意味に変更した
(i) 出願時の明細書または図面に記載の数値範囲をもって請求項に記載の数値範囲を縮減したが、縮減後の意味合いと訂正前の請求項の解釈とが異なるものになった場合は、請求の範囲の実質的な変更となる。
(ii) 請求の範囲は訂正していないが、明細書、請求の範囲または図面の開示範囲内で明細書または図面を訂正した結果、請求の範囲の解釈が公告時の請求の範囲の解釈と異なるものになった。
(iii) 誤訳の訂正により、請求の範囲が実質的に変更された。
(3) 請求項の対象が明らかに変更された
例えば、物の請求項から方法の請求項に訂正された。
(4) 請求項に技術的特徴を盛り込んだことで、訂正前の請求項の発明の目的を達成できなくなった
各請求項の発明の目的の判断は、当該発明の所属する技術の分野における当業者がそれぞれの請求項に記載されている発明の全体を対象とし、かつ明細書に記載されている課題、課題を解決するための技術的手段、及び先行技術に対しての効果を参酌した上で、当該発明の具体的な目的を認定する。訂正前、後の請求項の発明を対比した結果、訂正後の請求項の発明が訂正前の請求項の発明の目的を達成できない、または損なう場合、公告時の請求の範囲の実質的な変更となる。
より具体的には、訂正前の請求項に記載されていた発明は目的イを達成でき、訂正後の請求項に記載されている発明は目的ロを達成できるが、訂正後の発明が訂正前の請求項の発明の目的イを達成できない、または達成できる目的が減損した場合、公告時の請求の範囲の実質的な変更となる。
2. 構成要素の付加が実質的な変更となるかの判断が形式要件による判断から発明の目的による判断に変更された
前述のとおり、「2015版訂正基準」にあった「訂正前の請求の範囲に記載されていないが、明細書又は図面に開示されている技術的特徴を請求項に盛り込む」態様は、今回の改訂で削除されました。なお、「2015版訂正基準」の当該態様は、以下のように、形式要件により訂正が公告時の請求の範囲の実質的な変更となるか否かを判断していました。
(i) 訂正前の請求の範囲に記載されていた技術的特徴(例えばA+B+C)の下位概念の技術的特徴、又は更に限定する技術的特徴ではないもの(例えばD又はE)を盛り込んだ場合(つまり「外的付加」、A+B+C+D、又はA+B+C+E)、又は訂正後、発明の課題を変更した場合は、請求の範囲の実質的な変更となる。
(ii) 訂正前の請求の範囲に記載されていた技術的特徴(例えばA+B+C)の下位概念の技術的特徴、又は更に限定する技術的特徴であるもの(例えばAの下位概念の技術的特徴a、又はBを更に限定する技術的特徴b1+b2)を盛り込み(つまり「内的付加」、A+B+C+a、又はA+B+C+ b1+b2)、かつ訂正後も発明の課題が変わらない場合は、請求の範囲の実質的な変更とはならない。
これに対し、「2017版訂正基準」においては、以前の考え方が廃除され、上記の「4.2公告時の請求の範囲を実質的に変更したかに関する判断」の態様(4)のとおり、「請求項に技術的特徴を盛り込んだ後でも、訂正前の請求項の発明の目的を達成できるかどうか」で判断する考え方に変更されました。これにより、明細書又は図面に開示されている他の技術的特徴による請求項の縮減訂正の自由度は高くなったと考えられます。技術的特徴の外的付加は、訂正前の当該訂正請求項の発明の目的を達成できる範囲内で、行うことが可能となりました。
また、この改訂に関し、「2017版訂正基準」の「6.審査注意事項」には、下記審査注意事項(14)が追加され、訂正が請求された請求項の目的の変更の有無の判断は、明細書の開示以外、直接推知できる目的も認められることが説明されています。
(14)原則上、各請求項の発明の目的については、当該発明の属する技術の分野における当業者がそれぞれの請求項に記載されている発明の全体を対象とし、かつ明細書に記載されている課題、課題を解決するための技術的手段、及び先行技術に対しての効果を参酌する上で、当該発明の具体的な目的を認定する。しかし、明細書に開示されていないが、直接推知できるものであれば、当該請求項の目的と認めることができる。
なお、改訂された「2017版訂正基準」において、公告時の請求の範囲の実質的な変更となる1事例として、次のことが説明されています。訂正前の従属項3の発明の目的は、液晶表示装置と警報器回路を更に含むことにより、給湯器の作動時に作動情報を表示するとともに、異常時に警告する機能が働くことであったが、訂正により従属先が独立項1から従属項2に変更したため、「インターロック回路」との関連特徴が更に付加されました。その結果、縮減補正には該当するものの、インターロック回路の関連特徴により、特定の場合に電流の供給が止められたため、異常状況が表示できないことになります。よって、訂正後、当該請求項3の目的が変更されたことになるため、公告時の請求の範囲の実質的な変更となります。
3. 2013年以降に特許査定された用途によって特定された物の請求項に関する用途の訂正に対する制限が緩和された
「2015版訂正基準」においては、「特定用途の請求項をその他の用途の請求項に訂正する」ことが、「公告時の請求の範囲を実質的に拡大した訂正態様」の1つとして列挙されていましたが、「2017版訂正基準」においては、当該態様が削除されました。
この改訂に関し、「2017版訂正基準」の「6.審査注意事項」には、下記の(13)の注意事項が追加されています。
(13)用途によって特定された物の請求項に対する訂正について、権利範囲の解釈に混乱を来たさないよう、2013年よりも前に特許査定された用途によって特定された物の請求項に対して訂正が請求された場合、当該「用途によって特定された物」の請求項の権利範囲の解釈には、依然として特許査定時の基準、つまり当該「用途」は制限作用を有すると見なすとの基準を採用するので、訂正により当該用途が削除又は変更されれば、権利の範囲の拡大又は実質的な変更となるため、訂正は認められないことがある。
2013年に改訂された特許審査基準における「請求項の解釈」の節において、「用途によって特定された物の請求項」の範囲の解釈については明細書及び出願時の通常知識を参酌する上で、請求項における用途の特徴が請求対象の物に影響をもたらすか、つまり、当該用途の記載により、請求対象の物が当該用途に適した特定の構造及び/又は組成を暗に含むことになるのかを考慮する、という指針が導入されました。即ち、用途の記載があっても、請求対象の物が当該用途に適した特定の構造及び/又は組成を暗に含むことにならない場合(例えば、「自動二輪車用のU字ロック」)は、当該用途の記載により請求対象は制限されません。一方、2013年より前の特許審査基準においては、「用途によって特定された物の請求項」の範囲の解釈は、当該用途により制限されるとの指針でした。そのため、権利範囲の解釈が混乱することのないよう、上記審査注意事項の(13)においてこの点を追加して明確にしています。
なお、改訂された「2017版訂正基準」における1つの訂正事例では、請求対象である「界面活性剤の組成物」を、明細書に開示されている「殺虫に使用される界面活性剤の組成物」に訂正することは、殺虫という用途は当該物自体に対して影響をもたらさないため、公告時の請求の範囲の実質的な変更又は拡大とならないことが説明されています。
4. おわりに
今回の改訂の前は、無効審判で挙げられている無効証拠に対して縮減訂正をしようとした場合、明細書内に記載されている技術的特徴であっても、訂正前の請求の範囲に記載された技術的特徴の下位概念の技術的特徴、又は更に限定する技術的特徴ではないため、訂正ができない状況、又は独立項に盛り込まれた従属項の技術的特徴が他の従属項にとって下位概念の技術的特徴若しくは更に限定する技術的特徴ではないため、当該他の従属項を削除しなければならない状況になってしまうことがしばしばありました。しかし、今回の改訂で、発明の元の目的を損なわない範囲内であれば、このような状況は回避されるようになりました。また、2013年以降に特許査定された用途によって特定された物の請求項に関する用途の訂正も、制限が緩和されました。したがって、今回の訂正審査基準の改定により、無効証拠を回避するための公告後の請求の範囲の縮減訂正は、制限が少なくなり、以前よりもしやすくなったため、権利者側にとっては、より有利な訂正制度となったと言うことができます。