ニューズレター
特許明細書の記載不備は、必ずしも「明確性」要件違反に当たらず
明細書は明確かつ十分に開示しなければならず、請求項は明確、簡潔な方式で記載し、かつ、明細書により裏付けられなければならない。これは、台湾「専利法」(※日本の特許法、実用新案法、意匠法をカバー)第26条に明確に規定されている要件であり、通常、「明確性」要件と呼ばれている。しかし、特許を受けようとする発明をどのように記載すれば、さらには、どの程度まで記載すれば「明確性」を備えると認めることができるかについては、実務において、しばしば議論が提起される。 |
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明確性の判断について、専利法第26条には、若干の基準が規定されている。実際において、明細書には「発明が属する技術分野の通常知識を有する者がその内容を理解し、それに基づいて実施することができるように、明確かつ十分に開示」しなければならない。また、専利法には、主務官庁に施行規則を制定させること、及び施行規則には、明細書及び請求項などの開示方式を規定することが明記されているが、これをもって、明細書又は請求項の記載が不十分で、専利法施行規則に規定される各書式及び形式規範に合致しないことを理由に、直ちに「当該特許出願は『明確性』を欠いているため『特許性』を備えない」と認めることの可否については、なお議論がある。 |
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最高行政裁判所は、2012年12月6日付101年度判字第1031号判決のなかで、上記の問題について否定的な見解を表明し、次のように示した。「明確性を備えるか否かの判断は、依然として、実質的に考慮、検討しなければならない核心的要素、すなわち『発明の属する技術分野の通常知識を有する者』の基準に基づかなければならない。それらの者が特許請求の範囲を閲読し、それを理解できるのであれば、明細書の内容は明確性に係る法定要件を満たす。ここで言う、発明の属する技術分野の通常知識を有する者の「理解」は、『最大限に合理的な努力を払う』程度でなければならず、かかる努力を払っても特許請求の範囲を理解することができない場合に限り『特許請求の範囲は明確ではなく、無効である』と認定することができる。よって、たとえ明細書の記載方式に不備があっても、特許を取り消すには至らない」 |
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最高行政裁判所の上記見解は、「明確性」についての審理につき、明細書の内容を理解するために「最大限に合理的な努力を払う」よう要求するものであり、決して形式的な判断準則を採用するものではない。このような実際に即した 判断基準によれば、特許権者の発明又は創作の成果をより確実に保護することができ、明細書の記載方式及びその品質は、決して重要なポイントとはなり得ない。 |
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上記判決が公告された後、知的財産裁判所は2013年1月24日に101年度行専訴字第28号判決を下し、「明確性」に対する判断には、形式的な基準ではなく実質的な基準を採用しなければならないとの一歩踏み込んだ解釈を行い、次のように示した。「特許主務官庁は既に『専利法施行規則』及び『専利審査基準』を制定して、特許明細書の発明の詳細な説明、図面又は特許請求の範囲をどのように記載するべきかを規定しているが、それらは依然として、主に形式及び必要記載事項に関するものであり、『その方式による記載の方が比較的『専利法』の本旨に合致する』と出願人を導くものに過ぎず、保護しようとする技術思想をどのように文字で表現するかについては、依然として出願人任せというのが現状である。その判断は、当該発明の属する技術分野の通常知識を有する者の基準をもって認定しなければならず、決して、完全に論理的な記載順序でなければならない、又は発明の実施例の全体的な構成について逐一描写しなければならないと出願人に要求しているわけではない。そのように要求すれば、技術思想の保護という特許の目的を弱め、かつ、特許権が具体的な実施物しか保護できないよう、その形を変えさせることになるため、文字で表わされた技術思想の保護を強調する現在の特許制度と合致しない」 さらに、知的財産裁判所は「たとえ出願人が規定の形式に則って記載しなかったとしても、それは必ずしも明確性を備えないことを意味するわけではなく、当該記載が、それが属する技術分野の通常知識を有する者にとって、明確性要件に合致するか否かを見なければならない」とする見解を示している。この判決は最高行政裁判所により2013年6月7日に102年度判字第355号判決で維持、確定されている。 |
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実務においては、無効審判請求人が係争特許を取り消すべきであると主張するために、「専利法施行規則」における明細書の記載方式に係る規範を引用し、係争特許明細書の記載方式がそれらの規範に合致しておらず、係争特許は明確性を備えないことを理由とすることがしばしば見られる。上記最高行政裁判所及び知的財産裁判所の見解に基づけば、「当該発明の属する技術分野の通常知識を有する者が合理的な努力を払っても、係争特許発明の内容を理解し、それに基づいて実施し実現することができない」ことを、実質的な理由を組み合わせて具体的に説明することができなければ、上記の主張は、おそらく裁判所に受け入れられないだろう。 |